若干更新が遅れましたが,次は木庭教授の新刊です。本書は,発売わずか20日で重刷がかかっていて,教授の人気の高さがうかがえます。



[笑うケースメソッド]現代日本民法の基礎を問う


 内容としては,東京大学法科大学院における彼の授業を,ソクラテスメソッドそのままに対話形式で書き下したものですね。僕自身は彼の授業を受けたことがないのでなんとも言えないのですが,伝え聞くところによると,再現度は高いようです。

 目次はこのような感じです。


 1 占有―意外な出発点

 2 時効制度は自由の砦

 3 金銭債権の恐怖―法の母

 4 相続財産の占有―飛ぶならここから

 5 契約は天上階で

 6 委任・組合は天上創出のマジック

 7 所有権―ご注意ください、ここで曲がりまーす

 8 請負―ご当地名物、丼勘定はこちら

 9 賃貸借は怪人二面相

10 契約責任―淡きこと水の如し、とはいえ

11 不法行為
   ―空があんなに青いのも、電信柱が高いのも、
 郵便ポストが赤いのも、みんなあたしが悪いのよ

12 転用物訴権―中途半端もきわめれば

13 担保権者の占有―自業自得とはこのことさ

14 金銭債務の整理―不信と信用収縮の底なし沼


 本書のタイトル「笑う」や,興味深い目次からもわかるように,本書は教授のユーモアセンスがたっぷりと詰まった(詰まりすぎて胃もたれを起こしそうなくらいの)一冊です。

 本書を読んで,まずかなりの驚きを覚えました。本書単体でみると決して内容の薄い本ではありませんが,木庭教授の他の著作(木庭三部作及び二部作,ついでに「法学再入門」)に比べると,非常にリーダーフレンドリーです。圧倒的に読みやすく,しかし『ローマ法案内』で語られていたローマ法のエッセンスがしっかりと含まれていて,本書は「木庭入門」として位置づけられるなと感じました。

 木庭三部作(『政治の成立』『デモクラシーの古典的基礎』『法存立の歴史的基盤』)は内容がハードかつ価格が高く,二部作(『ローマ法案内』『現代日本法へのカタバシス』)は三部作よりはリーダーフレンドリーですが,それでも(内容の濃さ及び彼の用いる独特のレトリックにより)難解かつ価格が高い,という点で手に取りにくい面がありました。「法学再入門」(法学教室391号~414号)は,東京大学法学部における「学習困難者向けゼミ」の内容を連載したもので,コンセプトは本書と変わらないのですが,ユーモアが少し効きすぎている感じがして,少なくとも僕にとっては飲み込むのが大変でした。本書は,三部作及び二部作より平易に,しかし法学再入門よりは真面目(?)に書かれており,法律学を普段より学んでいる学習者にとっては,最適な難易度になっているかと思います。

 『ローマ法案内』では,「一旦大きく引き下がってじっくり精密な思考を巡らせる」(1頁)ために,現代については一旦横に置き,共和政崩壊前のローマを描写することに専念していました。
 しかし本書では,現代の学習者が題材として用いる「民集」(最高裁判所民事判例集)掲載の最高裁判例を用い,そのテクストをローマ法との対比において深く読み解くことによって,現代日本民法そのものを問う,という「実験的な」試みがなされています。教授も指摘している通り,単純な「日本民法はこう,ローマ法はこう」といった比較にはなっておらず,それぞれの判例にあらわれている民法の問題について答えが出るわけでもありませんが,我々が読み慣れている最高裁判例を用いているため,非常に取っ付き易くなっていることは間違いありません。
 本書を読んだあとに,「法学再入門」や『ローマ法案内』に向かえば,今までより相当効率よく吸収できるのではないかと思います。


 前置きが大変長くなってしまいました。本書は,TとS1~20の合計21人による対話形式で進みます。元来の対話篇よろしく時に脱線しながら(それでも「法学再入門」よりは脱線しません(笑)),時に生徒からの指摘に教授が膝を打ちながら,民集のテクストが鮮やかに読み解かれていく様は,読んでいて大変に面白いです。
 読書の途中で,「読者」というメタ視点が現れ,我々読者のツッコミを代弁して突っ込んでいたりします。教授のユーモアが見られる箇所ですね。(ユーモアといえば,途中でS12がいきなり「匂う匂う! ここ掘れワンワン!」と叫び出したりしますね・・・)

 本書の特長はなんといっても徹底した対話形式を貫いていることですが,僕がより助かるなと思ったのは,各章の最後に,「簡単な歴史的パースペクティヴ」として,教授による解説が付いているところです。対話形式のテクストは,取っ付き易く読んでいて面白いという利点はありますが,結局何が言いたかったのかつかみにくい事が多いという欠点があります。その欠点を,授業後の講義で補ってくれているのが,本書の素晴らしいところです。

 本書は,講義が進むごとに3つの柱「占有」「bona fides」「所有権(ないし市民的占有?)」についての理解が深まるように構成されています。実に巧妙に判例のセレクトや講義の順番が仕組まれていると感じました。
 ただ,(『ローマ法案内』でも感じたことですが)「ローマ法では実はこうなっている」というのが説明抜きに前提として語られているところがあり,もしかしたらそこに違和感を感じる人がいるかもしれません。『ローマ法案内』を読むと,本書がより良くわかることは間違いないのですが,『ローマ法案内』においても書かれているとおり,本当のところを理解するには,三部作に当たるよりほかはないようです。

 あと,本書はあくまでも民集テクストの背後にある日本民法の制度的理解,そこに含まれた問題,ローマ法の紹介を主とするもので,その先,つまり,このような問題意識を踏まえて,ではどのように実定法解釈学を作り上げていくか,というところには当然ですがあまり踏み込んでいません(『現代日本法へのカタバシス』で踏み込まれていましょうか。)。本書中に,木庭教授の問題意識を実際に法解釈学に活かした若手教授の論文がいくつか紹介されているので,それらを読んでみると面白いと思います。


 長くなりましたが,粗い感想としてはこのような感じです。総じて大変興味深い本であり,より深いところへ向かう第一歩としてぜひ,読んでいただきたい一冊だと思います。