【憲法の判例集】

 新司法試験になってから、憲法判例の重要性はものすごく高まっていると思います。しかし、憲法判例の重要さは他の科目に比べると若干共有されていないような気がしないでもありません。

 確かに、判例において明確に違憲審査基準論が宣言されたことは(ほぼ)無く、その意味では判例を書き写しても答案にはなりません。憲法は、判例が即、規範に結びつくような科目ではありません。しかし、判例が憲法適合性を述べる箇所の前、憲法上の権利の重要性を述べる部分などは、そのまま使えることが多いです。その他も、判例を丁寧に読んでいくと、今まで見落としていた判示が見つかったりと、憲法判例は複雑なものが多いからか、読み込めば読み込むほど得られるものがあると思います。

 新司法試験の問題は、明らかに憲法の「重要判例」を下敷きにしており(当たり前ですが…笑)、それを巡る議論(のうちで有力な見解)を「原告側主張」「被告側主張」「私見」という形で整理して述べる必要があります。これからは、判例を起点に議論を深めていくような学習方法が有益でしょう。出題趣旨、採点実感で要求され、ロースクールで求められている学習は、そのようなものであると思います。

 また、短答試験についても、憲法は判例の丁寧な読み込みが求められており、重要判例の百選引用部分「以外」から出題されることがそれなりにあります。重要判例はきちんと要旨だけではなく出来れば全文を読んでね、という考査委員の声が聞こえてきます。判例は丁寧に読みたいところです(自戒をこめて)。

・各判例集の改訂情報を追記しました(8月4日)。




高橋和之・長谷部恭男・石川健治[編]『憲法判例百選ⅠⅡ』[第6版]



憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)
憲法判例百選2 第6版 (別冊ジュリスト 218)

評価:★★★☆
一言:新版になって使いやすくなり、定番化するか

感想
→2013年11月刊。2007年刊の第5版から新しくなり、旧版の欠点が大幅に改善されています。
 旧版の感想で「もしこれらが全てしっかりとなされれば、相当使いやすい判例集に大変身するかもしれません(笑)。改訂が楽しみです。」と書きましたが、ほぼ期待通りになったかと思います。

 (感想は新しい刑法の判例百選とかぶってしまうのですが)まず、判旨の引用が大変長くなりました。憲法はかなり深い判例分析が求められる科目なので、判旨の精読は必須です。これが、改善点その1です。

 次に、解説が大変読みやすくなりました。判例の内在的分析に重点が置かれており、読むべき解説が増えたように思います。

 また、アペンディクスが導入されました。見開きページを使ってまで紹介する判例ではないが、知識としては知っておくべきものを紹介するのによくできたシステムだと思います。他の百選と違うのは、アペンディクスが巻末にまとめてあるのではなく、分野ごとに挿入されているところです。これも使いやすくなった点だと思います。

 「超」重要判例については、3ページを使って解説されているものもあります(薬事法判決[石川健治]など)。これも良いことだと思います。

 ただ、アペンディクスや3ページの解説などを入れてしまったために、見開き1ページで1判例という見やすさはなくなってしまいました。イメージとしては、「重判」のような感じです。これは好みがわかれるところだと思います。

 もう一つあるとすれば、二分冊でかつ若干判例数が多いことですね。ただ、これは適切に取捨選択すればよい話なので、大した不満ではありません。

 2013年刊であって、最新判例も十分です。これからは百選か、判例プラクティスのどちらかをメインにすることになると思います。どちらをメインにするにしろ、百選の解説は必読になるかと思います。
(どうでもいいことなのですが、編者の解説がやたら多くなっています(笑)。解説の質が向上するのでありがたいことですが。)



戸松秀典・初宿正典[編]『憲法判例』[第7版]



憲法判例 第7版

評価:★★★
一言:ザ・「判例集」

感想
→解説なしの判例集です。百選以外の判例集だと、本書が一番有名でしょうか。判旨の引用は長く、かつ必要な限りで補足意見や反対意見も掲載しており、判例をきちんと読みたいときは便利な一冊です。

 判例は、「事実」「判旨」の順に掲載され、「判旨」の部分ではまず「棄却」「破棄自判」「破棄差戻」「一部破棄自判、一部棄却」などが示されたあと、判示の項目ごとに1.2.…と見出しが示されて判文が引用されます。複雑で長文も多い憲法判例をこのように整理してくれており、学習者への配慮がうかがえます。レイアウトも読みやすく、とても良い判例集だと思います。

 ただ、解説がないので初学者は使いにくいかもしれません。憲法は、他の分野に比べて判例が複雑なことが多く、読み解きが難しいのですよね。メインの判例集というよりは、一冊持っておくと便利、くらいに思っておいた方が良いかも。
 判例の年月日索引に加えて、「判例名」による索引がついています。ふと憲法判例を参照したくなったとき、この判例名索引が思ったより便利です(笑)。
 あと、すこし章立てが特殊なこともつけくわえておきます。




憲法判例研究会『判例プラクティス憲法』[増補版]



判例プラクティス憲法〔増補版〕 (判例プラクティスシリーズ)

評価:★★★★
一言:百選か本書か

感想
→2012年3月に発売され、2014年6月に増補として補遺を加えました。百選と競合している判例集です。掲載判例数351と百選より多く、かつ一冊にまとまっているので便利ですね。2014年に増補版が出ていますが、これは補遺という部分を追加しただけのつくりなので、本文自体は2013年のままです。少し注意が必要ですね。

 百選のように全て2頁でまとめる、という編集方針ではなく、判例ごとに費やす頁数が違っています。基本的には1判例1頁で、重要なもののみ複数頁を使って解説がなされています。
 一つの章(テーマ)は一人の学者が担当し、まず判例の流れとして全体像を説明した後、各判例の紹介に移る、という構成です。

 良いところは、判旨の引用が長いところ。百選の新版と同じくらいでしょうか。憲法判例は読み込むことを求められるので、大変ありがたいです。
 それだけでも◎なのですが、それに加え、判例で争われた論点と事案の概要が簡潔かつ明確に示されており、判例学習にとても役に立つつくりになっているのも良いです。

 判例の解説も、基本的に同じテーマでは同じ執筆者が担当しているため、解説にぶれがありません。また、「超」重要判例以外は基本的に1頁で済ませるという編集方針であるため、解説が短く、学説に惑わされる心配が少ないのも、良いところです。

 欠点を挙げるとすれば、1頁で紹介を済ませている判例も数多くあるので、解説が十分でない判例もあり、物足りなく感じることがあるところでしょうか(重要判例は2頁以上を費やして説明されています)。
 あとは、執筆者は三段階審査論に近い論者が多いようで、判例の解説が三段階審査論の文法で語られていることが多いです。三段階審査論について何も知らない場合、解説を飲み込むのは難儀かもしれません。そのような意味で、少し上級者向けの解説が多かった印象です。

 色々と書きましたが、百選のようなレイアウトで、かつ判旨の引用も長く、解説も一貫している判例集です。百選が合わない人はこちらでもよいかと思います。



高橋和之[編]『新・判例ハンドブック憲法』



新・判例ハンドブック憲法

一言:電車の中で憲法判例を読もう!

感想
→判例ハンドブックの改訂版。新書サイズで、223の判例が掲載されています。百選のコンパクト版、といった感じ。
 判例紹介も、解説も、簡潔に(しかし重要なポイントを外さず)なされているので、むしろ初学者向けかも。解説者が少なく、解説が一貫しているのもいいところです。
 短答用には良いと思います。



野坂泰司『憲法基本判例を読み直す』



憲法基本判例を読み直す (法学教室ライブラリィ)

評価:★★★
一言:とても丁寧な判例評釈

感想
→法学教室における連載をまとめたもの。20程度の判例を紹介しています。

 事案の紹介、判旨の紹介、判例の射程、判例の意義、判例の問題点、残された課題、のような順で解説されます。その解説は目から鱗、という類のものではありませんが、判例の丁寧な読み解きを提供してくれる一冊です。
 憲法は重要判例の数が少なく、したがってそれぞれにつき深い読み解きが要求されます。そのような深い読み解きをしてくれるという意味で、本書は貴重な教材といえるでしょう。授業や論文で重要判例を取り扱った際、その判例評釈のひとつとして、本書を読むのも良いと思います。丁寧に事案から解説されているので、憲法が苦手な人でも読めるでしょう。ただ、前述の通り解説の新規性のようなものは余り無いため、読んでいて少し退屈かも。



【ケースブック】

 他にも沢山ケースブックはあるのですが、ちょっとだけ、紹介します。


LS憲法研究会『プロセス演習憲法』[第4版]



プロセス演習 憲法【第4版】

評価:★★★★
一言:ケースブックとしても、論文集としても

感想
→慶応ローが教材として使用しているケースブックです。執筆陣がとても豪華です。
 判例が(時には第一審から全文)引用されたあと、解説者による基礎確認の解説と、「応用」と題した理論的な論文が掲載されています。
 ケースブックにはよくあることですが、大変難しく、問題集として独習することはかなり困難でしょう(そんな人はいないとは思いますが)。

 むしろ、この本の素晴らしさは掲載されている解説者による論文にあります。かなり長い論文が判例の後に掲載されており、とても読み応えがあるものばかりです。この本は、判例集としてではなく、論文集として使うのが良いかと思います。このケースブックを使ってロースクールで憲法の授業を受けたら本当に実力がつくのだろうな、と感じる本です。




長谷部恭男ほか[編]『ケースブック憲法』[第4版]



ケースブック憲法 第4版 (弘文堂ケースブックシリーズ)

評価:★★☆
一言:高度に理論的なケースブック

感想
→弘文堂ケースブックシリーズ。第4版は2013年3月に発売されており、大変に新しいです。世田谷事件や、目黒事件の判旨も掲載されています。

 本ケースブックの特徴は、「ケース」ブックなのに、各判例の具体的事案の概要が一切載っていないことです。理論的な学習を重視して作られたケースブックで、判例理論を学ぶためのものだから、だそうです。
 したがって、設問も理論的なものが多く、かつ設問の意図も少しわかりにくいものが多いですね。もし本書が学校で指定された場合は、本書は判例の具体的事案を学ぶための本ではなく、理論を学ぶ本である、ということを念頭に置いて頑張りましょう。

 上記プロセス演習との違いは、長谷部教授が第一編集者であるため、審査基準論に親和的な本であるということですかね(プロセス演習憲法はどちらかというと三段階審査論に親和的)。あと、長谷部説が続くような箇所もあります。