一応、これで最後にはなるのですかね。まだ残っている分野もあるので、これからも書き足していくとは思いますけれど。
 『新基本法コンメンタール憲法』を追記し、その他修正を行いました(9月12日)。
 渡辺=宍戸=松本=工藤『憲法Ⅰ 基本権』を追記し、他の本についても版を新しいものにし、いくつかの説明をアップデートしました(2016年4月18日)。
 


【憲法の基本書】

 憲法は、芦部・佐藤を中心とする「通説」が今まさに乗り越えられている最中であって、まさに「一人一説」状況です。「これだけ学べばOK!」というものが見えにくく、判例も複雑なものが多く、勉強しにくい科目であると言えるでしょう。
 議論が盛んなだけあって、(学生向けの)憲法の本は今、どんどん出版されています。本の量がとても多いです。ですので、沢山の本や華麗な議論に目を奪われすぎず、適切な取捨選択を行うことがとりわけ大事な科目だと思います。



芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』




評価:★★☆
一言:「まずはこれから」?

感想
→日本の憲法学会に今なお、圧倒的存在感をもっている芦部信喜の基本書です。憲法を学ぼうとする人で、本書を持っていない人はいない、と言い切って良いくらい、みんなが持っています。

 本書の基となったのは放送大学の講義ノートで、対象は非法学部も含まれていました。ですので、記述自体は非常に読みやすく書かれています。1999年の新版補訂版を最後に彼は亡くなり、その後は弟子である高橋和之教授が「補訂」という形で今でも、本書を世に送り続けています。
 高橋教授の補訂は、原文には基本的に手を加えず、脚注として新判例を書き足す程度で、極力個人的見解が出ないようになされています。なので、第6版を重ねても、内容はほぼ、1999年当時のままと言って良いでしょう。
 なお、第5版において、ドイツ三段階審査論に対する端的な説明が挿入されました。

 本書の特長を一言で挙げるとすれば、「行間が多い」ことだと思います。憲法の全体を本書一冊で概観している割に、踏み込んだ議論までなされている箇所もあるからです。本書だけ読んでも解けない疑問は多くあります。
 例えば、違憲審査基準論についてはきちんと書いてあるものの、「なぜ」その基準になるのか、理由が明確に述べられていないことなどが挙げられます。学習が進んでくると、本書だけでは物足りなくなってくるでしょう。

 ですが、学習が進んだ上で(つまり、自分で行間を埋められるようになった上で)本書を読み返すと、最近の議論の示唆があったりして、彼の先見の明に驚くこともあるかもしれません。彼への批判も沢山浮かんできて、面白いです。

 初めて本書を読むときは、まずざっと全体像を入れるように読むのが良いと思います。そのような読み方ができるのも、本書の良さの一つです。

 原文が1999年当時のままであり、さすがに議論が古くなっている箇所も散見されます。したがって、正直なところ、現在本書が(司法試験受験生として)必読かどうかはあまりわかりません(数年前だと間違いなく必読でしたが、現在、学生向けの憲法関連書籍は大きく動いている状況にあり、本書は急速に古典化してきている感があります。)。

 しかし、今でも、公務員試験など、司法試験以外の資格試験における「憲法」の科目は本書やその他の伝統的通説を軸に動いていること、現在の議論は本書の見解を前提としていることが多いことを考えると、本書から始めることも、選択肢の一つとしては正しいのだと思います(「王道」かもしれません。)。
 それか、最先端の議論に触れすぎて足下がおぼつかなくなったとき、戻ってくる場所として、本書を位置づけることも可能であると思います。



安西文雄=巻美矢紀=宍戸常寿『憲法学読本』[第2版]




評価:★★★☆
一言:芦部憲法と現在とをつなぎ、「行間を埋める」ための本

感想
→学生が使っている芦部『憲法』の議論が少し古く、かつ行間があるため、芦部憲法と現在の議論とをつなぐために書かれた副「読本」的な基本書です。 

 著者が豪華です。本書が一つの立場を強く主張するようなものではなく、通説的見解はこうであり、最近はこんな見解もある、のような形で控えめに(笑)、芦部憲法と今の議論の架け橋となってくれています。

 本書はとても薄く、しかし統治分野までカバーしているので、議論がすこし浅いです。仕方がないというか、むしろこの薄さでここまで議論をカバーできているのが凄いことだとも言えるでしょう。最低限度の情報はきちんと書いてあるので(かつ論理の飛躍が少ないため)、受験生の中には、本書を愛用している人がそれなりに多いです。

 芦部憲法は読んだが、先生に指定された論文や演習書を読んでもさっぱり意味が分からないという人にはおすすめの一冊です。司法試験にも耐えうる、とても良い本だと思います。

 ここまで褒めてきましたが、著者が一部重複する(宍戸先生)、より包括的な基本書『憲法Ⅰ 基本権』が出版されました。この本は、『読本』と同じかそれ以上に、新しい学説に軸を置いた(というより完全に最近の憲法学の潮流を意識した)基本書です。したがって、最近の議論をフォローしたい人には、『読本』よりは『憲法Ⅰ』の方が向いているかもしれません。『憲法Ⅰ』の出版によって、『読本』は、基本書というより、副読本としての立ち位置に固定されたように思います。




野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法Ⅰ・Ⅱ』



憲法1 第5版
憲法2 第5版

評価:★★★
一言:択一には最適

感想
→芦部門下の教授陣(今見ると、とても豪華です。)が協力して、標準的な憲法の「教科書」を書きました、という感じの基本書です。本書も初版は1992年発行で、昔からあるスタンダードなテキストです。

 基本的に、前記芦部『憲法』の行間を丁寧に埋めた本であり、記述の順番、論の運び、などは大体芦部憲法と同じです。所々、芦部憲法のコピーで終わっているところもありますが。

 芦部憲法が紙面の制約上省略している箇所を、丁寧に解説しています。本書が一つの立場を打ち出している、というよりは、それぞれの条文、論点につき各学説を並べ、それぞれの論拠について解説しているという本です。脚注で出典が明記されていて、調べるのにも良いです。

 客観的・中立的に書かれているので、記述の信用性は高く、ちょっと調べ物をするときなどには非常に便利なのですが、それは逆に、読んでいて退屈でもあるということです。本書を通読するのは、少し難しいかもしれません。
 もう一つ、確かに本書は2分冊であり量はそれなりにあるのですが、あくまでも伝統的な憲法の議論を解説した基本書ですので、本書を読んだら論文が書ける、というような類の本ではありません。答案の書き方(具体的には、審査基準の論証方法など)は書いていない、と思って良いと思います。テキストとしてはやはり旧試験時代のものだな、と読んでいて思います。
 そして、意外と、欲しい記述が見つけにくかったりします(笑)。議論の共通理解以上の深い議論は、本書からは出てこないかも。
 また、本書でも「行間がある」と評されることがしばしばあります。実際、僕も思ったことがあります。まず本書を読んでみてよく分からなければ、『読本』など他の本に一度当たってみるのも良いかもしれません。

 色々と書きましたが、しかし、択一試験との相性は抜群です。時間はかかりますが、過去問を解きながら本書を参照すると、議論の整理に感動することもしばしば。
 なんと言っても、統治分野に関しては、本書が「定番」でしょう。議論がわかりやすく、丁寧に整理されており、学習には非常に有用だと思います。

 本書は、伝統的通説を軸とした「共通理解」を丁寧に解説している基本書です。少し調べ物がしたいとき、各学説の簡単なポイントが知りたいとき、択一を解くとき、などに参照すると心強い味方になってくれるでしょう。宍戸先生が本書を「質、量ともに最高の基本書」と評したのは、(ちょっと褒めすぎかとも思いますが)的確な表現だと思います。






渡辺康行=宍戸常寿=松本和彦=工藤達明『憲法Ⅰ 基本権』




評価:★★★★
一言:新時代の基本書のスタンダードとなるか/評価待ち

感想
→2016年4月に出版されました。「判例を重視」し、「三段階審査の手法を全面的に活用して基本権に関する判例を位置づけた上で、批判すべきは批判し、評価すべきは評価しようとしている」基本書です。
 この特徴からも分かるように、アメリカの議論(違憲審査基準論)に多く依拠し、かつ、判例の多くは批判すべき対象であった伝統的通説と異なり、ドイツ型の三段階審査論を基本軸とし、判例を外在的に批判することなく、内在的に理解しようとする最近の議論の流れを汲む基本書です。
 上に紹介した有斐閣の野中=中村=高橋=高見『憲法Ⅰ』と、著者が4人であり、かつタイトルも同じで、扱っている範囲も同じ(Ⅰが人権/基本権で、Ⅱが統治)です。従来、野中ほか『憲法Ⅰ』は「四人組」などと称されてきましたが、それに倣えば、本書は「新四人組」とでも称されることになるのでしょうか。

 本書は、2部構成であり、第1部「基本権総論」第2部「基本権各論」となっています。何よりの特徴は、第1部「基本権総論」にて、「三段階審査の手法」を詳しく解説し(第3章)、その後「三段階審査以外の審査方法」(第4章)として平等原則や行政裁量統制、利益衡量など、三段階審査が妥当しない領域の審査方法についても解説があるところです。まず審査方法についてかなり詳しめに解説があるところは、本書が明らかに司法試験を大きく念頭に置いていることを表現していると思います。違憲審査基準論における目的手段審査に注力していた(ように読めた)従来の書籍とは異なり、目的手段審査だけではなく、それ以外の審査方法にもスポットライトを当てている点で、学習者への配慮があると感じます。

 詳しく本書を紹介しているときりがないので、全体的な感想にとどめますが、本書の良さは、判例を外在的に批判することが多かった従来の憲法学説とは一線を画し、判例を内在的に理解しようとし、判例から何か一般的な規範を導けないか、という視点が貫かれているところにあると思います。随所に判例が引かれ、解説の中に織り込まれています。非常に司法試験に親和的な思考であるように思います。
 また、第2部「基本権各論」においては、叙述の順番が三段階審査の論証順番に従っており(防御権構成ができる基本権に関しては、保護領域→制約→正当化の順に解説されています)、答案の型が知らない間に身につくようになっていると思います(多分)。この順番は、三段階審査論を少しでも学んだ人にとっては、大変わかりやすい順番だと思います。

 一方、欠点とまではいかないまでも、本書において注意すべき点もいくつかあります。まず、本書は、伝統的な憲法学説を前提として、それとは異なる最近の学説動向の上に書かれています。一般に膾炙している憲法関連書籍(予備校本も含む)は、未だに伝統的な憲法学説(代表は芦部ですが)に軸足を置いて書かれていることが多いので、それらだけしか読んでない状態で、本書を読んだ場合、もしかしたら、議論の水準(良さ悪さという意味ではありません)が異なりすぎ、理解が難しいかもしれません。したがって、伝統的通説と本書との間をつなぐような議論を、別途フォローする必要がある人はいるかもしれません。(たとえば、伝統的な基本書等では大きな論点として紹介されている議論(公共の福祉など)が、本書ではなお書き程度に落とされていたりします。)
 また、本書は、本文中に文献の脚注を使わないスタイルで叙述されています。本書本文は、さらっと高度なことが書かれたりしているので、本文を読んでいて疑問に思ったことがあったときに、どう深めれば良いか迷うことがあるかもしれません。なお、参考文献については、各章末に、まとめて列挙してあります(簡単な文献から順番に並んでいるということではないので注意しましょう(笑)。)。
 本書は判例を多数引用していますが、当然、判例評釈のレベルまで書いていないので、本書だけ読んで判例を読んだことにはならないことに注意すべきです。

 結局長くなってしまったように思いますが、まとめに入ります。本書は、基本権だけで1冊を使っている(しかも文献を逐次引用するようなタイプの基本書ではない)ので、内容は大変濃厚です。伝統的通説があり、それに対する最近の議論があり、その流れの上で、基本書としての本書があります。本書によって、最近の議論の流れはかなりの部分フォローできると思いますし、司法試験に役に立つことは間違いありません。ただ、万人受けする本かというと、まだそうとは言い切れない部分もあります。まだ出版されたばかりなので、いろいろな方の評価を待ちたいところではありますが、僕の感想としては、ここに長く書いた感じでお茶を濁したいと思います。
 純個人的な感想を書くとすれば、僕は三段階審査論を中心に答案を書こうと思っていたので、やっとこのような基本書が出てくれたかという思いです。もし受験生時代に本書があれば、間違いなく手元に置く一冊にしていただろうなと思います。




高橋和之『立憲主義と日本国憲法』[第3版]


 
立憲主義と日本国憲法 第3版

評価:★★★
一言:審査基準論の第一人者・参考書として

感想
→芦部『憲法』の補訂者として有名な、高橋和之教授の手による基本書。題名が長いですが、れっきとした憲法の基本書です。

 本書も凄く薄いのですが(400頁くらい)、中でなされている議論はそれなりに高度です。高橋教授自身、いくつかの論点において少数説を採っており(私人間適用につき無適用説など)、芦部憲法に対するのと同じ心構えで読んだらびっくりするかもしれません。

 文章はとても読みやすく、かつ説得力に富んだ議論がなされています。理由付けは端的なものが多いですが、論文に書くことを意識して書かれているのか、かなりわかりやすく説明されていると思います。答案に使えそうな表現が多いのも良いですね(採用するか否かは微妙ですが)。

 少ない紙面の中で自身の立場をはっきりと打ち出しているため、通説の説明は少なめかも。辞書的に使うことは難しいと思います。どちらかというと、疑問に思った箇所について、高橋教授はどのようなアプローチを採っているのだろうか、という風に思って手に取ることが多いですね。その意味では、参考書の色彩が強いです。

 統治についても高橋説が展開されており、(特に内閣部分は)一読の価値があると思います。面白く読めました。

 第3版が発売されました。初版が2005年、第2版が2010年発売なので、結構早いですね。最近、憲法学と憲法判例の動きが激しいので、ある種当然のことなのかも知れません。




小山剛『「憲法上の権利」の作法』



「憲法上の権利」の作法 新版

評価:★★★☆
一言:憲法的論証の「作法」のために・三段階審査論への招待

感想
→受験生の中ではかなり売れている本だと思います。慶應義塾大学、小山剛教授の手による基本書(兼演習書)です。統治については書かれておらず、人権のみです。まさに論文対策、とも言えますね。

 芦部憲法がアメリカ流の違憲審査基準論を世に広めたのに対し、小山教授はドイツ憲法学で用いられている三段階審査論を採られています。本書はその三段階審査論をわかりやすく説明する解説書です。

 三段階審査論自体は、直感的にも非常に分かりやすく(保護範囲→制約→正当化という順序を辿る)、最近の学者の中でも支持者が多い立場です。きちんと憲法を学ぶのであれば、避けては通れないでしょう。

 芦部憲法的な論証(ある種の「マニュアル」思考)に慣れていた人は、本書を読んで新鮮な衝撃を受けることになると思います。題名通り、まさに憲法を論じる上での「作法」を学ぶための本であり、思考停止的な「論証」ではない、「論証の型」を丁寧に身につけることができるでしょう。(決して、芦部憲法が「思考停止」である、と言っているわけではありません(笑)。)

 本書もまた薄いですが、新版になって法令違憲・適用違憲などの説明も加わり、「基本書」としての網羅性を備えたように思います。重要判例の読み方も含めて解説がなされているので、使い勝手は良いです。
 実際に答案上で三段階審査論を採用するしないに関わらず、もう一歩先に進みたい人は本書を読んでみると良いのではないでしょうか。論の運びがきちんと整理されており、言葉遣いが少し難しい割に、とても読みやすいと思います。

 なお、もうすぐ改訂版が出るようです(2016年4月段階)。



芹沢斉・市川正人・阪口正二郎[編]『新基本法コンメンタール憲法』



新基本法コンメンタール憲法―平成22年までの法改正に対応 (別冊法学セミナー no. 210)

評価:★★★☆
一言:便利な辞書

感想
→「新基本法コンメンタール」シリーズの憲法です。刑事訴訟法も紹介しましたが、このシリーズの憲法も、とてもよくできていると思います。

 それぞれ「総説」を著名な先生が執筆され、各論部分は比較的若手の先生方が執筆されています。本書は「コンメンタール」であって、基本的に逐条解説ですが、それほど分厚くもなく、内容は思ったより深くありません。必要なことが、必要なだけ、書いてある印象です。

 著名な先生方の執筆部分は、執筆者の考えが前面に押し出されており、それはそれで面白いのですが(小山先生の人権総説、石川先生の国会、駒村先生の81条解説その他、有名な教授の解説は是非一読を勧めます)、その他の部分は若い研究者の先生方が執筆しているため、変な「色」がなく、通説的なところをしっかりと押さえるように記述されています。広く議論を押さえたうえで、分かりやすく整理がなされています。憲法は議論が錯綜して訳が分からなくなることがありますが、そのようなときに、「共通了解」がどこまであるかを理解しておくことは非常に有効なことです。本書は、その「共通了解」を提供してくれる本としてとても優れていると思います。

 コンパクトとはいえコンメンタールであることには変わりないため、通読向きとは言えません。しかし、憲法の体系が頭に入ったあとは、本書を辞書として手元に置いておくのも中々有効な手だとは思います。僕は最近、上に紹介した基本書群より、専ら本書を使うことが多いように思います。ある程度憲法を勉強した人には、かなり便利な一冊であることは間違いがないでしょう。