【民事訴訟法の基本書(そのに)

 では、続きと参ります。ここからは本格派というか、重い(笑)本が続きます。ちょっとだけ説明を変えました(4月30日)。・伊藤眞『民事訴訟法』の改訂情報を更新しました(8月4日)。




伊藤眞『民事訴訟法』[第4版補訂版]



民事訴訟法 第4版補訂版

評価:★★★☆
一言:適度な厚さで、十二分な情報量

感想
→著者の伊藤眞教授は東京大学教授、早稲田大学教授を歴任。予備校講師や、「試験対策講座」で名の通っている伊藤真とは別人です。
 本書は学者のみならず実務家の文章の中にも頻繁に登場する基本書で、一種の「スタンダード」たる地位を確立している本だと思います(決して実務説という意味ではないですが)。

 早速内容紹介を。
 まず、訴訟物論において、学者執筆の基本書がほぼ新訴訟物論に立っている中、本書は実務見解たる旧訴訟物論に立脚しています。
 とはいっても、現在、新旧両説はかなり接近してきており、かつては一世を風靡した訴訟物論争も、今ではすっかり鳴りを潜めています。正直なところ、訴訟物についてどちらの説を採用したからといって答えが出てくるような問題はもはや出題されないと思います。ですので、本書が旧説に立脚していることは大した問題ではないのかもしれません。ただ、本書を紹介するならば避けては通れない(?)ポイントですので、紹介だけしておきました。

 訴訟物論において実務見解と一致しているため、本書は判例通説に近いのだ!と安易に考えてはいけません。独自見解のオンパレードですので、判例通説との距離を考えながら読む必要があります。

 また、文章は固めで、初学者は読んでいて眠くなってしまうことも多いでしょう(その意味ではまさに「眠素」です)。本格派の体系書であり、手続面についてもきちんと解説がなされているため、メリハリが感じられず、読んでいて退屈に感じるかも。 

 ですが、本書は各論点について端的な理由づけと共に結論を明示してあり(自分の立場を明確に打ち出している)、理論的に非常にすっきりしています。ある程度民事訴訟法を学んだ上で本書を読むと、「かたい」ように見えた一文一文に、意味が凝縮されていることに気づくはずです。

 (当然その全てが独自見解というわけではありませんが、)独自見解についても、理由付けを簡潔ながらしっかりと明示してくれているため、(最終的に答案で採用する立場に関わらず)理解して損は無いでしょう。判例通説の解説はなされているので、そこも安心です。

 もちろんことばの定義などはきちんと書かれています。手続面の解説もあるので、辞書的に使うことも可能でしょう。「論点」の解説が意外と薄いことに驚く方もいらっしゃるかもしれませんが(手続面の解説までしている割に適度な厚さのため)、その簡潔さが本書の良さであると個人的には思っています。

 以上、また長々と語ってしまいましたが、とても良い基本書だと思います。僕は和田民訴と本書を基軸に据えて勉強していました。ただ、本書は好き嫌いが激しい本の一つでありますので、諸手を挙げてオススメすることは避けようと思います。

 なお、本書は改訂が割と頻繁になされています。それだけ伊藤先生が執筆活動に力を入れておられるということでしょうが……一冊5,000円超の本を買い替えるのは、学生にはきついですね。版落ちを使っても、なんら問題は無いと思います。



松本博之・上野泰男『民事訴訟法』



民事訴訟法 第7版

評価:★★☆
一言:良い本だが、受験には使いにくいかも

感想
→なぜ本書を買ってしまったのか、僕自身もまだよくわかっていないのですが…いつのまにか本棚に置いてあった本です。松本教授と上野教授との共著となっていますが、良くある共著本とは異なり、第一審手続を松本教授が、複雑訴訟と上訴部分を上野教授が執筆しており(執筆部分が完全に分かれている)、まるで違う二冊の本が一冊にくっついているような本です。

 百選などの文献にも度々引用されており、定評ある基本書であることは間違いありません。また、各章の始めに参考文献として沢山の論文を挙げており、深く勉強したいときのペーパーガイドになります。クロスリファレンスもしっかりしています。

 松本執筆部分が全体の3分の2から4分の3を占めていますが、この部分が少し、受験対策として難があります。少数説が多いのみならず、理由付けがいまいちはっきりせず、「答案」として表現しにくいからです。本書を軸に据えるのは少し大変かなと思います。
 ですが、中には学説整理、判例評釈含めて秀逸な記述があることも確かであり(例えば訴訟上の和解)、演習書や論文等、他の文献で本書が引かれていれば、その部分だけ読むのが良いかと思います。


 一方、上野執筆部分に関してですが、(まとめwikiにも同じような記述がありますが)素晴らしいと思います。複雑訴訟や上訴部分はとっつきにくく、難しいと感じる人が多いところだとは思うのですが、その部分をしっかりと解説しています。文章が分かりやすいのが良いですね。

 少し説明が冗長で全体像がつかみにくい箇所があったり、欲しい記述が分散していたりする(総論→各論という風に説明してあるため)箇所がある点、玉に瑕ですが(簡潔なわかりやすさ、という点では伊藤眞民訴に軍配かなと思います)、差し引いてもなお一読の価値はあるのではないでしょうか。時間に少し余裕がある人や、しっかり複雑訴訟・上訴を学びたい人は、図書館で本書を開いてみると良いかも。
(僕は初めの段階で本書を読んだため、上訴の利益については未だに上野説に引きずられています(笑)。)

 ということで、図書館で参考にしてみる本の一候補として、どうぞ。




新堂幸司『新民事訴訟法』



新民事訴訟法 第5版

評価:★★★★
一言:学説の到達点

感想
→僕の民事訴訟法の学習はこの本から始まりました(地雷)。
 民事訴訟法を学ぶ上で避けては通れない新堂民訴。まこと分厚い(1000頁超)体系書です。

 まず、形式面から。人を寄せ付けない見た目ですが、その文体はとても柔らかく、思った以上に読みやすいです。文章がとても巧みで、まさに名文と言えると思います。

 本格派の体系書ではありますが、きちんと「教科書」として意識されており、学習者を置いてけぼりにすることは余りありません。各章の冒頭には必ず定義文言が置かれ(文献で引用される定義規定には、講義案の定義の他は、新堂民訴の定義か、伊藤眞民訴の定義が多いように思います)、理論を基礎から積み上げていくので、非常に読みやすく、わかりやすいと思います。

 内容面としては、柔らかい解釈論というのがしっくりきます。制度は極めて弾力的に解釈されており、民訴の原則論に立ち戻り、緻密な利益衡量を経て、民事訴訟法の体系が作り上げられています。

 それ自体は大変美しいのですが、新堂説は柔らかい=具体的事案に即した解決を強く志向するため、「規範」的なものが中々つかみにくいところがあります。有り体に言えば、「論証」として覚えにくいです。このような意味で、初学者には(そして、受験的にも)すすめられないように思います。
 また、各「論点」についての「新堂説」は、彼の体系の中に位置づけてその意味を持つものが多く、「つまみ食い」をしにくいことも、おすすめできない理由として挙げられます。

 そのため、まず、通説的な理解を固めてから本書を読むと、無意識のうちに前提としていた思考が揺さぶられる体験ができると思います。ある程度勉強が進んだら、参考書として参照すべき一冊です。

 1000頁超だけあって、あらゆる分野に触れているので、辞書的に使っても良いかも?下記『重点講義』は、新堂参照という箇所が割とあるので、重点講義の副読本として使うのが最も賢いかもしれません。

 藤田広美『解析 民事訴訟』(第2版は5月発売予定)に新堂民訴へのこの上なく的確な評が掲載されていたので、最後にそれを紹介して終わりにしたいと思います。


 「私なりに考えてみますと、新堂理論の特色は、アドホックな利益衡量論ではなく、緻密な利益衡量を経た上でその衡量判断の結果を積み上げることによって、きわめて精緻な理論体系が構築されているところにあります。そこでは、審理の重複などという非生産的な無駄を徹底的に排し、当事者には攻撃防御の地位と機会が付与されていることを前提に、1回の訴訟手続による紛争解決効率を可及的に高める指向が顕著に現れます。
(中略)これらの新堂体系における紛争の集中化と効率的解決を図る枠組みを理解する上で最も重要なのは、単に紛争解決効率を高めるというだけで訴訟物枠や遮断効を広くとるという思考なのではなく、そのような結論の合理性を支えるのは当事者が徹底的に攻撃防御を尽くす地位と機会を与えられたことに基づくものであるという根本認識であり、それゆえに、むしろその関心は審理過程に対する合理的かつ柔軟な規律を考案する方向に向かっているということです。」(藤田広美『解析 民事訴訟(初版)』50~51頁)



高橋宏志『重点講義 民事訴訟法 上・下』



重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版
重点講義 民事訴訟法 下 第2版

評価:★★★★
一言:論点解説本・辞書として

感想
→もとは法学教室の連載で、それをまとめたもの。最近上下巻共に改版され、網羅的になりました。「重点講義」とあるように、いわゆる体系書ではなく、論点解説本です。理論的に争いのない事項(手続面など)については触れられていません。

 各論点についてその基本的事項(争いのない事項)の解説から始まり、判例通説を述べ、その問題点を提示し、各学説の解決を見た上で、最も良い解決方法を提案して終わります。 
 このように、思考の流れが本当に分かりやすく、内容が頭に入ってきやすいのが◎です。また、文体も語りかけるような口調で書かれており、とても読みやすいと思います。

 内容としては新堂説を中心としており、新堂民訴の行間を丁寧に埋めているような印象を受けます。また、最終的には自説(新堂説が多い)を主張して終わるため、本書の立場を答案でそのまま再現するのは難しいかも。

 本書は脚注を多用しており、高度な事項は脚注にまとめられています。本文だけでも試験対策としては十二分すぎるくらいなので、まずはじめは脚注を無視して、本文のみを読んで思考方法やその問題意識をつかむと良いでしょう。調べ物をしたいときだけ、脚注を読むと良いと思います。

 本書の提示する問題意識は司法試験でも度々問われているようなので、本書を読んで無駄になることはないと思います。ただ、純粋に試験対策として考えるとどう考えてもオーバースペックであることは否めません。問題意識をつかんだり、思考方法を理解するために使ったりするなど、適切な取捨選択が出来れば、強い味方になってくれると思います。

 民事訴訟法の基本書の中で、辞書的な役割を果たすものが本書くらいしかなく、「ほかにない」という消極的な意味で、持っておいた方が良い本という評価になるものと思います。ただ、前述の通り明らかにオーバースペックですので、こちらも参考書程度でよいでしょう。