刑法は学説対立が原理レベルで深刻な科目ですので、拠って立つ基本書を一冊決め、そこを足場にして色々な本を読んでいくのが良いのではないかと思います。
 ただ、答案上の戦略としては予備校説(判例+団藤・大塚説+大谷説などの切り貼り)によっても合格点に到達すると思うので(というよりほとんどの人はそうですね)、深い理解を伴わせるために読む、程度でも良いかと思います。
 
 刑法の基本書を選ぶときは、文言の定義・意義、条文の趣旨がしっかりと明示してあるものを選ぶようにすると良いと思います。これは各論について特にあてはまると思います。

 呉・刑法総論の改訂情報、佐伯総論の書評紹介を追記しました(11月6日)。
 リーガルクエスト刑法総論を追記しました(2月1日)。
 山口青本の改訂情報を追記しました(4月18日)。


【刑法総論の基本書+α



幕田英雄『捜査実例中心 刑法総論解説』



刑法総論解説 捜査実例中心

評価:★★
用法:通説判例の確認
一言:捜査官のための刑法総論

感想
→著者は検察官。検察官が、警察官や司法試験受験生を念頭に置き、教科書として執筆したものです。想定読者が「警察官」である点で、他の基本書にはない特徴があります。捜査実務に関係ないような記述はほとんどなく、実務に必要なことのみが懇切丁寧に説かれています。

 司法試験受験生が判例通説を学ぼうとするときは司法協会『刑法総論講義案』がメジャーであると思います。ただ、司法協会の書籍は記述が淡泊なので、判例通説・実務を学びたい人はこの本の方が読みやすくて良いかなと思いますね。

 本書の良いところは、何より刑法総論の体系をきちんと明示してあることだと思います。項目ごとに、ある種しつこいほど「現在説明しているのは体系のこの箇所に位置する」ということを確認してくれます。刑法総論において体系的思考がどれほど大切かは論を待たないとは思いますが、それを明確にしてくれた本書には感謝(?)しています。
 捜査官に向けた解説書なので、「被疑者etcを取り調べて調書をとるときは…ではなく、~のように書くのが良い」といったコラムが随所に書かれており、結構面白いです。
 学者が執筆した刑法の基本書は、「いかに処罰範囲を広げないか」という問題意識が強いですが、本書は「いかに犯人を逃さないか、きちんと処罰するか」という観点から書かれており、そのようなタッチの違いも学べたかなあと思います。

 本書は結構分厚いですが(689ページ)、沢山の具体例やコラムなどにページが割かれているので、ページ数ほど内容は多くありません。当然、理論的に高度なことは書かれておらず、むしろ正確とは言えないような記述もあります。疑問に思ったところは他の基本書で補う必要があるでしょう。
 
 今まで判例通説を意識したことがなく、いまいち刑法がしっくり来ない人は読んでみると視野が広がるかもしれません。




西田典之『刑法総論』



刑法総論 第2版(法律学講座双書)

評価:★★★
一言:実務を意識した結果無価値論

感想
→東大から学習院に行かれた、西田教授の基本書です。本書は結果無価値論の立場から書かれていますが、判例実務がしっかりと意識されており、使い勝手は非常に良いと思います。全般的に穏当な見解であり、結論として判例通説に近いところに落ち着く印象です。
 ただ、決して通説的見解を採っているというわけではなく、少数説も多いです。本書の見解をそのまま答案上に表現するのは少し難しいかなと思います。

 西田教授といえば『刑法各論』が有名ですが、本書も、(学者の論文のみならず)実務家の文章にもしばしば引用される文献の一つであり、信用のおける一冊です。文章も非常にやわらかく、かつ分かりやすいです。正当防衛と共犯論については本書を熟読したことで深い理解が進みました。結果無価値の立場を採用するのであれば、本書を選んでおいて間違いはないと思います。





山口厚『刑法』[第3版]



刑法 第3版

評価:★★★☆
一言:碩学が判例・通説を説いた「一冊本」 択一用に

感想
→著者は元東京大学教授・現早稲田大学教授。「これから本格的に刑法を学び始めようとする者を主として念頭に置い」て執筆された基本書です。(「はしがき」より。)

 刑法学の第一人者による「入門」的基本書ということで、とりあえず本書から始める人も多いと思います。僕も初めて読んだ基本書は本書だったのですが、全くの初学者が本書を使いこなせるかというと微妙だと思います。
 というのも、本書は刑法総論・各論を一冊にまとめている(そしてページ数は500ページほどしかない)ため、一文一文に意味が凝縮されており、全くの初学者にとっては普通に「わかりにくい」文章となっているからです。

 山口教授の立場から見た判例通説が説明されています。結論として完全に判例通説を採るわけではありませんが、紙面上の制約から、問題提起で終わる部分も多いです。(そのような意味で潮見佳男『基本講義 債権各論』に近いかもしれません。)
 前述の通り一文一文に意味が凝縮されており、中級者以上がまとめとして読むにはとても便利な本となっています。とくに各論部分については構成要件の確認に良いという声も。総論・各論がまとめられている「一冊本」としては本書が一番かなと思います。択一におすすめ。ただ、山口教授の考えを理解したいのであれば、下記『総論』を読むべきでしょう。





山口厚『刑法総論』



刑法総論 第2版

評価:★★★★
一言:切れ味抜群の「山口厚」ワールド

感想
→山口教授の考えが凝縮された総論の基本書です。本書は他の基本書と比べて薄めですが、内容は全く薄くはなく、本腰を入れて取り組むべき内容となっています。
 結果無価値論の立場から、理論的一貫性を貫徹させて説明されています。細部に至るまで理屈を通す説明は非常に魅力的で、実際僕の刑法的思考を根底部分において規定しているのは本書ではないかと思います。

 刑法の立場は山口説でいこうと思っている方にとって本書が必須であることは論を待たないですが、山口教授は本書初版・2版で改説部分があり、他の書籍でもちょっとずつ説が変わっているところがあるので注意が必要です。

 本腰を入れて取り組むべき内容ではありますが、文章自体は決して分かりにくい訳ではなく、初学者が読むことも不可能ではないでしょう(僕が初めて本腰を入れて読んだのはこの本でした)。本書を軸に据えて勉強するのも良いですし、本書の問題意識は非常に鋭いため、参考書として読んでも十分に得られるものがあります。刑法学の第一人者の基本書ですから、内容の信頼性は非常に高いですし、(通説とは体系が多少異なることをわかりつつ)調べもののために使うことも良いと思います。結果無価値を採る人のみならず、行為無価値を採っている人も一読すると新たな視点が得られるのではないでしょうか。




井田良『講義刑法学・総論』



講義刑法学・総論

評価:★★★
一言:明快な行為無価値

感想
→慶応大学の井田良(「まこと」と読みます)教授の手による基本書です。井田教授は本書の前に『刑法総論の理論構造』という論文集を出版されていますが、本書の方が「基本書」として優れていると思います。
 
 行為無価値論の立場から書かれていますが、その理論構造は非常に明確であり、分かりやすいです。結論を明示しない部分もあったりしますが、判例の内在的理解も進むと思います。

 行為無価値であり、かつ学生向けの「基本書」であるため、判例との親和性は良いです。ただ少数説も多いです(消極的構成要件など)。あとは、言葉遣いが難しいかも。個人的には、山口教授の本に近いものを感じました。
 そのまま答案上に表現できるわけではないですが、行為無価値の立場から刑法総論の深い理解をするには、本書がかなりオススメであるように思われます。
 ちなみに、本書の因果関係論は「相当因果関係」と「危険の現実化」を共に採用していて分かりやすく、一読を勧めます。




呉明植『刑法総論』[第2版]



刑法総論 第2版 (伊藤塾呉明植基礎本シリーズ 1)

評価:★★★★
一言:ある種「危険」な刑法マニュアル

感想
→伊藤塾専任講師・弁護士の呉講師による「予備校本」です。一般的な予備校本は(おそらく)数人で執筆されていることが多いと思われ、結論はともかく説明文中の文体の一貫性や理論的一貫性に疑問を持つこともあります。
 しかし本書は呉講師お一人で執筆されているため、少なくとも理論的に破綻しているような箇所はなく、安心して読むことができます。正直なところ、予備校本としては出色の出来だと思います。
 本書の1ページ目を開くと、本の薄さ、小ささに比べた文字の大きさに驚かされますが、良く読むと文章の一つ一つがよく考えられて書かれていることが分かります。(試験対策として)無駄な個所内容はほぼ無いと言って良いと思います。本書に書かれていることくらいは全部覚えましょう、と言っても良いくらいです。

 徹底的な「判例・通説」から書かれており、なによりも「答案上の書きやすさ」を優先して説明されています。「理論的にはこちらの説の方が正しいのでしょうが、答案上はこれで書いた方が良いでしょう」という記述がコラムに多いのも面白いです。判例に従うと書きにくいところだけ、例外的に学説を採っています。

 本書を使ってしまえば(旧)司法試験の問題がそれなりに(というと語弊があるかもしれませんが)解けてしまうので、少々危険な答案作成マニュアルだなと思います。
 予備校本という位置づけですので、深い理論的背景などは書かれておらず、どうしても論証暗記中心の勉強になってしまいがちです。本書を初めの一冊として、上記に紹介したような基本書と併用しつつ、理解を深めていくのが良いと思います。誤植が多いのが欠点かな。

 本書の第2版が発売されました。初版は因果関係、正当防衛の部分に少し古さが目立っていたのですが、第2版になり、ずいぶん頼もしい内容になっています。

 因果関係につき相当因果関係説と危険の現実化との関係を明示し、積極的加害意思につき判例の立場に改説されています(因果関係については答案の形にしてくださっているのは、ありがたいです)。
 また、初版ではあまり紹介のなかった判例につき、項目を立てて、いくつかの超重要判例については個別に解説がなされています。承継的共犯についての平成24年11月6日判例も紹介されており(「理論的立ち位置は不明」とし、深い言及は避けられていますが、本書の役割からしてそれで十分かと思います)、隙がなくなったな、という印象を持ちました。
 共同正犯の成立要件etcにつきコラムが追加されているなど、細かいところにも手が加えられており、学習者のことをよく考えたテキストであることに変わりはありません。罪数論の箇所は、具体的な刑の計算も少しではありますがなされており、こういう箇所もうれしいところです。




今井猛嘉・小林憲太郎・島田聡一郎・橋爪隆『刑法総論』[第2版](LEGAL QUEST)



刑法総論 第2版 (LEGAL QUEST)

評価:★★★☆
一言:ロースクール時代の基本書

感想
→リーガルクエストシリーズの刑法総論。中堅の学者による共著、というところは他と変わりません。第2版の2刷では、島田教授の紹介が「元」早稲田大学教授となっていて、大変寂しく思いました。(今後のアップデートはどうなるのでしょうか。)

 ほかのシリーズと同様、中堅の先生方による共著となっています。オーソドックスな体系に従い、それぞれのトピックについて、総論を述べ、各学説を紹介し、判例を紹介する、といった感じになっています。理論的一貫性が強く問われる刑法総論において、「共著」(しかも執筆箇所を分担する形)とは、どのようになっているのだろうかと思っていましたが、こうやって色々な立場を紹介しつつ、判例を説明する形であれば、体系的な齟齬はあまり生じないですね。
 共著といっても、各著者の「色」がかなり出ています。理論的一貫性が強く要求される刑法という科目において、統一感があまりないテキスト、というのは、好き嫌いが分かれるかもしれません。


 さて、形式(?)面はそれくらいにして、内容に入りたいと思います。

 本書は、上述のように、様々な立場をできる限り価値中立的な視点で説明する、ということをコンセプトにしています(と読めます)。これは、ややもすれば(予備校本等に対する批判として有名な)「学説の単なる羅列」に堕する可能性があるのですが、本書は歴史的、理論的(たまに比較法的)な観点から、「単なる羅列」に陥らないように配慮がなされています。
 そして、結論としては通説・判例・現在の有力説に落ち着きますので、読んでいてそれほど違和感は感じませんでした。まさに、「はしがき」にある通り、「刑法総論における理論状況の解説」という言葉にふさわしいように思います。


 何より、本書の一番の魅力は、「新しい」ということだと思います。ロースクールの授業や、新司法試験に「合っている」なと感じました。

 新司法試験が始まり、ロースクール制度になってから、(本質は全く変わっていないとしても)勉強の重点の置き方(言葉にしにくいですが)は変わったと思います。いくら最近出版された本であっても、初版がロースクール制度のできる前か、できた後かで、かなり違うと思うのです(あくまでも感想のレベルですが)。旧司法試験と同質性が高いといわれる刑法であっても、やはり、昔からある体系書や予備校本では、最近の問題状況、最新判例によって提起された問題などを適切に反映できていないように感じます。

 本書は、新しいだけあって、そのような問題を相当程度解決できていると思います。言葉少なながら、最新の問題意識を反映し、新しい刑法理論まで広くカバーしています。そして、できる限りドグマーティックにならないように、価値中立的視点から判例を内在的に理解し、説明しようとしています。個人的には、この点が本書を読んで、最もよかったと思った点でした。卑近な例でいえば、「答案」として使える記述が多いと感じました。

 また、それぞれの先生方の得意分野が執筆担当箇所になっており、理論的水準が非常に高いことも、本書の魅力だと思います。


 ただ、いくつか本書にも弱みはあります。
 まず、本書には、「本文中の脚注」が全くありません。このような叙述方法は、本文を読んでいる際本文に集中でき、理解に資するという良さがある反面、ある程度刑法を勉強した後でなければ、上述のようにして紹介されている学説がどの時代の誰の学説で、どの程度支持されているか、ということがいまいち分からないという弱点があります。とある学説が気になったときに、参考文献から一次文献や発展的文献を探せない、というのは嫌な人もいるかもしれません。

 また、本書を初学者向けと言い切ることにはためらいを覚えます。ほかの体系書も決して初学者向けではないのですが(笑)、本書は限りある字数で刑法理論の基礎から最新の問題状況まで解説しているからです。勉強し始めたばかりの人が本書を開くと、第2、3章「構成要件論」で爆死するのではないでしょうか。(ちなみに執筆者は小林教授です。)


 かなり長くなってしまいましたが、結論としては、二冊目の本として、本書はとても有用だと思います。ドクマーティックな説明に辟易したら、本書に当たってみてはいかがでしょうか。




佐伯仁志『論点講座 刑法総論の考え方・楽しみ方』



刑法総論の考え方・楽しみ方 (法学教室ライブラリィ)

評価:★★★☆
一言:学生のための深い理解を提供

感想
→東京大学教授、司法試験委員である佐伯教授による論点解説です。佐伯教授の立場は結果無価値ですが、学習者の便宜をしっかり考えた記述がなされており、誰が読んでもわかりやすいものになっています。構成要件論においては違法有責行為類型とし、因果関係においては相当因果関係を軸に据えるなど、親しみやすい体系なのも◎。

 いくつかの論点については他説批判の上で「だからこの説が妥当である。」として積極的な理由を明示しないこともありますが、深い理解を提供してくれる素晴らしい論考だと思います。
 特に、不作為犯論、共謀共同正犯論は素晴らしかったです。是非、一読を勧めます。
 ついに書籍化されました!個人的には、レイアウトをオリジナルのものにして、基本書っぽくしてもよかったのになあと思っているところです(笑)。
 なお、本書についてはわが友人のブログに詳しい紹介がありますので、そちらに任せようかと思います。
legal high!(仮)