先日日曜日に、辰巳法律研究所が開催した無料ガイダンスに行ってきました。原孝至先生という方(新司合格者のようです)が1時間、憲法答案の書き方を解説されていました。

その中で旧司法試験と新司法試験との比較について語られていたので、それを今日のネタにしようと思います。
(なお、比較にあがっている旧司法試験は結構古いものです。新司法試験に代わる直前の旧試験は結構長めの問題が出題されていました。)


旧司法試験の特徴といえば、合格率1~2%という圧倒的な難易度が有名です。
その問題の内容としては、1~3行といった短い問題が多数を占めていました。

問題文が非常に短く、かつ合格率がとても低いということがどのような受験戦略を生むかというと、 今まさに批判の的となっている「論証パターンの暗記」に帰着します。

すなわち、問題文が短いため、出題する問題はどうしてもいわゆる「典型論点」が多くなります。また、どうしても問題文は抽象的になり、それからある程度の長さの「答案」を形作る必要があります。

このような出題傾向だと、受験生としては予め典型論点ごとにある程度の「論証パターン」を用意、暗記しておき、受験会場で問題文に応じてそれを吐き出すことが一番高得点がねらえる戦略になります。

というよりも、あまりにも合格者が絞られているため、上位層の差は「何を書くか」というより「いかに書くか」に帰着し、 いかに緻密な論理構成で、正確な知識を答案に「再現」できるか勝負になるのです。

こうなると、受験生としては典型論点については答案に再現できるよう、予め組み立てられたパターンを暗記することが必須になってきます。その場で論理構成を考えるよりも、予め長い時間をかけて先人達が作り上げた論理構成を覚え、利用した方が確実に高得点をねらえるからです。


これに対して、新司法試験(現在は「司法試験」ですが)は、合格者数の増加もさることながら、問題文が長文化しました。 
これはとりもなおさず、問題文に「個性」が出てきたことを意味します。
出題者側としては、いわゆる典型論点の事案から少しずらした問題や典型論点を組み合わせた問題を作成し、「オリジナル」な問題を出してくるようになったのです。(出せるようになった、が正しいかもしれません。)

こうなった場合、旧試験において有効であった戦略が、必ずしも有効ではなくなっていきます。

つまり、前もって覚えておいた典型論点に対する「論証パターン」をそのまま吐き出した答案は、むしろ「事案からずれた解答である」として低評価を受けてしまうことになるのです。

新司法試験の下では、以上の経緯から「暗記」の占める割合は相対的に低下し、必要最低限の知識でいかに事案にあった妥当な解決を導くか、という闘いになっていきます。

従って、暗記は必要最低限でよい。 その上で運用を練習すべきである。


概ねこのようなロジックで語られていました。

確かに僕としてもその通りであると思います。ただ、やはり新司法試験になっても「暗記」は必要最低限では難しいと思います。ガイダンスでは憲法を例にして語られていましたが、少なくとも他の法律については暗記の占める割合は低下していないでしょう。
そもそも、新司法試験の求める「事案に即した解決」は、まず典型論点の論証を覚えた上で、それをいかに変形していくか、という勝負であり、暗記の上にあるのではないかと思います。

ただ、旧試験と異なり、「論証パターン」を一言一句正確に暗記して吐き出す、という勉強法は必ずしも必要なくなっているのであろうな、とは思います。そうではなく、そのパターンが作られた原理から理解し、事案に即して原理から自分でパターンを作り出す力が求められているのであろうと思います。

このような出題傾向になったことは個人的には嬉しいことで、司法制度改革もこの点に関しては賛成です(笑) 



ところで、最近また長谷部恭男Interactive憲法 (法学教室Library)を読んでいます。 
この本は憲法の論点に関して、「実際どうよ?」的なことが語られていて、面白いです。

憲法の人権論は、結局のところ「何らかの権利を守るために、国家権力はどこまで個人の権利を制約して良いか」という問題に帰着するように思います。

それは「出来る限り国家は介入せず、個人の自由は他の何か(市場であったり、地域共同体であったり)により守られるべきである」といったネオリベラリズム、リバタリアニズム的な方向と、「国家は個人の自由を守るために積極的に介入すべきだ」といったリベラリズム、ケインジアニズム的な方向をどこまで考慮するか、になると思っています。簡単に言うと消極国家(夜警国家)vs積極国家(福祉国家)の対立ですね。

そして日本国憲法がまず第一に「個人主義」「自由主義」をかかげ、福祉国家的な方向はあくまでも「修正」として採用していることを重視し、「出来るだけ介入しないようにする」方向で考えるのが憲法学の基本的な方向ではないかと思います。

ここが法律家と他の人文科学との違いかなと思うのです。人文科学は依って立つべき原理について考えるのに対し、法律家はテキストから出発するのでバリバリの介入を是としにくいのですな。憲法は国家権力の抑制のために書かれていますので。


結構憲法は他の人文科学とのつながりを意識しやすいので、もう少し他の分野も勉強したいです。
自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)とかは結構面白かったな。個人的には、ミルの自由論 (岩波文庫)も読みたいです。表現の自由について書いてあるみたいだし。


今日はこんなところで。まとまりがないですねー。


Interactive憲法 (法学教室Library)
Interactive憲法 (法学教室Library)

自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)
自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)

自由論 (岩波文庫)
自由論 (岩波文庫)